【第五話・胸裏】
重厚な灰色の空。痩せきった不毛の大地。見回す限りの岩の壁、壁、壁。
そんな荒んだ景色の中、いかにも周りの風景と不釣り合いな手作りブランコが二基、まるで置き去りにされたかのようにポツンとあった。
アンパンマンはそのブランコに座って、所在無くただ虚空を見つめていた。
「ほらよ、ココアだ。」
バイキンマンが差し出したマグカップからは、白い湯気がゆらゆらと立ち昇っていた。気温も景色も何もかもがうすらっ寒いこの谷底の中で、入れたてのこのココアだけが、世界で唯一の温もりに思えた。
「孤児院なんだ、ここ。」
子供たちのはしゃぎ声が聞こえる“ニコニコ園”の園舎を見つめながら、バイキンマンは隣のブランコに「っしょ」と腰を掛けた。
「ほら、『くらやみ谷には子供が捨てられる』って噂、聞いた事ないか?」
アンパンマンは「まさか」と、振り返ってバイキンマンの横顔をみつめた。優しい横顔だった。
普段のバイキンマンからは決して見られないその表情に戸惑い、アンパンマンは視線を落として向き直った。
「健気だろ、子供たちは。親に捨てられ、ここが誰も近づこうともしない外の世界から断絶した場所であると理解したうえで、それでも挫折することなく……いや、本当はいろんな葛藤があったんだろうな。それでも懸命に生きてるんだ。
変化のない日々に絶望することなく、外の世界に羨望を抱くことなく、それこそ自分たちの“世界”の中で精一杯“生”を燃やそうとしてるんだ。」
バイキンマンは自分の分のココアを一口啜った後、ふぅと一息ついた。その白い溜息はマグカップからの湯気に溶け込み、やがて消えていった。
「……もし神様ってヤツが本当にいるなら、ソイツはかなり性悪なヤツなんだろうな。だって、こんなにも不平等に幸福を分配するんだもんな。特に命懸けで必死に生きてるヤツに限って、これでもかってぐらいに酷い仕打ちをしやがる。」
「…………」
俯いたまま、アンパンマン終始沈黙していた。そのマグカップを握る手には力が入り、小刻みに震えた。中のココアにたちまち波紋が生まれては、広がった。
「だからさ、思ったんだ。幸せが平等になるように、再分配しなきゃって――」
「そんな理由で人の大切なもの奪ってもいいと思っているのか!?」
アンパンマンは唐突に声を荒げて立ち上がった。その拍子にマグカップは音を立てて地面に落ち、濃い茶色の液体が乾いた大地に染み込んだ。
「“正義”だよ、アンパンマン。お前が正義を掲げるように、俺も俺なりの正義を掲げる。俺は自分で“正しい”と思ったことをする。それを理由にしちゃいけないのかい?」
「例え……例えそれが略奪だとしてもかっ!?」
激しくバイキンマンを睨みつけるアンパンマンの眼(まなこ)を、バイキンマンは至極冷静に、そして穏やかに見つめ返した。
「……その方法しか、俺は知らないんだ。」
自嘲気味にそう言い放ったバイキンマンは、踵を返しアンパンマンに背を向けた。そして、背中のアンパンマンに向けて、半ば独り言つかのように言葉を漏らした。
「“ほんとうの正義”なんて……本当に在るんだろうか……。」
バイキンマンは、そのまま子供たちの笑顔が待つ場所――ニコニコ園の中へと消えていった。
アンパンマンは、それ以上何も言い返せなかった悔しさに、そして今まで信じて疑わなかった自分の“正義”の脆さに、下唇を強く噛んだ。苦い鉄の味が、口の中にじんわりと広がった。
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