大阪・梅田。
立ち並ぶ高層ビル群、何処からか鳴り響くクラクション、通り過ぎる、人、人、人。
田舎町から出てきた世間知らずの18歳は、自分の小ささに、ただ立ち尽くしていた。
新聞社のビルの一室。電話の声とは裏腹に、人の良さそうなおじさんが向かいのソファーに腰掛けた。
「君が、新しい奨学生か。」
関西弁は、慣れていない人にとっては、少々キツイ物言いに聞こえる。電話で話しているときは、正直少し怖かった。だけど、実際に目の前で話しているのを聞くと、案外そうでもなかった。
「君の配属先は、○○新聞舗の××支店や。」
梅田とミナミの中間辺り。地下鉄でいえば、本町駅の辺り。駅から少し歩いたところに、その店はあった。
大阪一のビジネス街、らしい。確かに、御堂筋沿いには延々とオフィスビルが立ち並んでいた。歩く人々は皆、スーツを着てタバコを吹かしながら早足で歩いていた。
タクシーに乗って、店に着く。入ると所長さんが迎えてくれた。
大阪一のビジネス街にある店にしては、こじんまりと申し訳なさそうなくらい小さな店だった。タバコの臭いが、部屋中に染み込んでいた。
「おお、君が新入り君か!」
緊張していた僕の予想を裏切り、フランクな感じで面接はあっさりと終わる。
「おつかれーす!」
そこに、配達員であろう、小太りの男が戻ってきた。
「おお、丁度よかった。この奨学生の子に部屋案内したれや。あ、そこのチャリ、つこてええから!」
ブンチャリ――新聞配達の人がよく乗っているアレだ。カゴが大きくて、スタンドがしっかりしていて、安定感があった。
サドルの少し高い、ボロボロの自転車に乗って、僕は自分の住む寮に案内された。
寮――といっても、見てくれはオンボロ雑居ビルそのものなのだが――は、店から自転車で5分ほどの所にあった。大阪市中央区と西区の、丁度境目の辺り。ア パート真横には阪神高速が通っていて、時々部屋に直に振動が伝わってくる。一階は居酒屋で、二階から五階がアパートになっていた。僕は五階の部屋だった。
「ここが君の部屋や。掃除してへんからだいぶ汚いけどな、まぁ我慢せぇや。」
赤い扉を開くと、そこには埃にまみれた六畳間だった。畳は所々破れていて、ユニットバスや台所には、無数の羽虫の死骸があった。
「まずは人が住める環境にせなな……」
腹の少し下の方が、ずしりと重くなったのを感じた。
兄貴に連絡を取った。当時同じ大阪市内の松屋町というところに住んでいた兄貴だ。
正直大阪に来たばかりで、地理も糞も何一つわからなかった僕だったが、何とか兄貴と合流し、兄貴の部屋に案内してもらった。
それから自転車で少し街をウロウロし、晩飯に連れて行ってもらった。思えば、朝から何も口にしていなかった。
小さなお好み焼き屋で、兄貴と色々話しながら飯を食った。
見知らぬ街、霞む未来への不安。この街で、唯一僕を知っていて、唯一頼れる人は兄貴しかいなかった。
ロクな職にも就かず転々としていた、どうしようもないダメ兄貴だった。だけどこの時ばかりは、この時ばかりは、その背中が大きく見えた。
「色々不安なことあると思うけど、困った事があったらいつでも言えよ。」
その時食べたお好み焼きの味は、今でも忘れられない。
自分の部屋に帰った時には、もう薄暗くなっていた。
帰りに買ってきた掃除道具で、とりあえずは畳とトイレを掃除をした。
掃除が終わる頃にはもうどっぷり日も暮れていて、部屋は真っ暗だった。当然、電気もまだ通ってない。
コンビニで買ってきたペットボトルのお茶を一口飲んで一息つくと、一気に疲れが襲ってきた。長い一日だったように思えた。
これからの生活。一年間という、18歳の思春期の少年にとっては、あまりに茫漠とした時間。
「知るかよ、そんなこと。」
疲労の果てに考えることさえ面倒臭くなり、吐き捨てた。
再度ペットボトルに口をつけ、まとわり付く思考を飲み込むように一気にお茶を飲み干し、手荷物と一緒に持ってきた寝袋に半ば不貞腐れたようにくるまった。
四月初頭の夜は、まだ厳しい寒さが残っていた。
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