降り頻る、雨。
汚れた雨水が、どこからか吐き出されてはまた、どこかへ吸い込まれていく。
傘を差す、人の群れ。その傘の色は、赤や黄色や水色の色とりどりの色では、ない。黒、灰色、そして透明のビニール傘。
モノクロームの人の群れと雨水は、よく似ている。
灰色の街は、来る日も来る日も激しい雨に打ちつけられて、泣いていた。
六月。季節は、梅雨。ここの街に出てきて、もう二ヶ月が経った。
僕を知らない街で、僕は誰にも知られないまま、19歳を迎えた。
だいぶ慣れてきたというものの、仕事は相変わらず大変なものだった。
人手不足で、休みがほとんど無い状態だった。確か、新聞奨学生のパンフレットには、週一日の休みが保証されているハズだった。
「約束が違うやないですか!」
新聞社の奨学生担当者に電話してみたけど、「そんなん販売所によってケーズ・バイ・ケースや」と軽くあしらわれてしまった。
それに、梅雨という季節は新聞配りにとって一番嫌な季節だった。湿気を吸った新聞紙は、いつもより幾分か重くなる。雨に新聞が濡れないように、自転車にビニールを被せたまま配達する。ただでさえキツイ新聞配達は、雨の日はその数倍キツかった。肉体的にも、精神的にも。
だけど雨の降る日は、少しだけ、いい所もあった。
僕はカッパを着ることはあまりしなかった。その方が気持ち良いからだ。
冷たい雨に打たれることで、火照った自分の体を冷やした。そうすれば、同時に僕の心の底からグツグツと沸きあがってくる遣り場のない怒りや憎しみやその他の感情も、一気に冷めてゆくような気がしたから。
いっそのこと雨でズブ濡れになってしまえば、誰に負わされたかも分からない僕の罪だとか罰だとかも、全部雨と一緒に流れてどこかへ行ってくれる気がしたから。
夜明け前の誰もいない通りで、重い自転車のペダル思いっきり踏み、雨を切り裂くように僕は走る。全身に打ちつける雨粒が痛い。痛いけど、気持ちいい。叫ぶ。僕は叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。
僕の頬を濡らすのは、雨なのか。それとも、涙なのか。どっちでもいい。そう思った。
「おまえ、雨で髪濡らしよったらハゲるど。」
いつだったか、藤原さんに言われた。自分の頭なんてもう既に、すっかり見事にハゲ散らかしているクセに。
(お前にだけは言われたないわ)
心の中で毒を吐きながら、僕はまたカッパも着ずにびしょ濡れの街に飛び出して行った。
梅雨も明け、大阪の街は夏を迎えようとしていた。
肌にひっつくような、ぬめり気のある暑さがうっとおしい季節になった。
僕は、退屈な日常の憂さ晴らしをする場を探していた。そんな折、配達先の喫茶店のマスターから「草野球やらないか。」と誘われたのだった。
僕が元高校球児であることを、草野球チームの監督をやっていたそのマスターはどこかで聞いたらしい。そして、僕をチームに勧誘したのだった。
活動は日曜日だけの週一回で、時間も三時間程度。日曜は朝刊はあるけど夕刊はないから、ちょうど退屈していたことだ。ボールにも、もう何ヶ月も触れていなかった。
勉強と仕事の憂さ晴らしとしては、最適だと思った。チームに入ることを即決した。
オッサンばかりの草野球チーム。
その中で、高校野球上がりの僕は、スーパールーキーだった。いくら補欠だったとはいえ、まがりなりにも名門校出身。体力もまだまだ衰えていなかった。
「おお!さすがスーパールーキーや!ニィちゃん、阪神に入るか!?」
ヒットを打つ度に、盗塁を決める度に、ゴロを捌く度に、オッサン達は嬉しそうに僕を褒めてくれた。
草野球という、レベルのあまり高くない場所でチヤホヤされていい気になるなんて程度の低いことだと、人は笑うだろう。
だけど、それでも僕は、嬉しかった。誰かに褒められたり、頼りにされたり、必要とされるのは、受験に失敗して以来、初めてだった。いや、本当はもっと前からかもしれない。
とにかく、僕は嬉しかった。
僕を必要としてくれている人が、ここにはいる。ごくごく小さな喜びや感動だけれども、それを一緒に共有してくれる人は、ここにはいる。
ようやく、“僕が居てもいい場所”ができた。
少しだけ、そう思えた。
久方ぶりに白球を追いながら、僕はドキドキしていた。
それは、この街に来てから、たぶん初めて感じた胸の高鳴りだった。
もうすぐ、夏がやってくる。
地元では、夏の高校野球の県予選がそろそろ始まる頃だ。
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