八月。
埃をかぶった冷房はほとんど壊れかけで動かない。粘りつくような暑さの中、僕は何種類もの新聞を部屋の中に広げ、必死に新聞記事を切り取っていた。汗のしずくが新聞紙に滴り落ちては、滲んでいった。
後輩が、甲子園出場を果たした。
地方予選の決勝は、2ちゃんねるの高校野球板に夕刊直前まで張り付いて、見守っていた。一つ下の世代とは比較的仲が良かったし、厳しい練習を共に乗り越えてきた“仲間意識”があったから、優勝を決めた瞬間は、思わずガッツポーズが出てしまう程に興奮した。
翌日から、新聞のスポーツ欄とスポーツ新聞の高校野球記事を隅々まで読むのが日課になった。
他社の新聞も、配達時にいつも顔を合わせる他の店の配達員に頼みこんで譲ってもらい、ほぼ全紙集めた。そして母校の記事を見つけては切り取り、スクラップにしていった。
――甲子園に、熱中した。それは単に「後輩が出ているから」という理由だけではなく、高校野球は僕の“青春そのもの”だったからだ。
人は何時だって、過ぎて行ったものや失ったものを美化し、賛美する。僕も例外ではなく、グラウンドで泥にまみれながらプレイする高校球児に、かつての自分を、過ぎ去っていった青春の姿を重ねてはセンチメンタルな気分になっていた。
苦い過去に苛まれ、確実性のない未来に怯える日々。過去に捉われることなく、将来の不安に押し潰されることなく、ただ“今”を必死に生きていた後輩達を見ていると、そんな惨めさや不安も、少しの間忘れることができた。
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「明日やけどな、配達、休んでええど。」
所長さんが、休みをくれた。久方振りにもらった休みは、ちょうど母校の緒戦の日だった。
「すんません。」
「気にすんな。しばらく休みとらせてやれんかったけんの。」
休みがとれないことは、所長さんのせいではなかった。むちゃくちゃな部数を押し付け、そのクセ人手を供給しない会社の責任だ。
この時だって、いつもの人手不足に加え、お盆前で“取り置き”や“配達止め”などでいろいろ煩雑な時期だった。それでも所長さんや他の専売所の配達員の人は,
「いつもご苦労さん。いっておいで。」
と言ってくれた。
「あざっす!」
僕は深々と頭を下げてお礼を言って家に帰り、押入れの中をかき回し、仕舞ってある高校時代のユニフォームの上着と帽子を取り出した。懐かしい、黒土のにおいがした。
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当日の朝。元チームメイトの仲間と神戸の三宮駅で待ち合わせをしていた。
「おめー、前より余計陰気なツラになっとんのー!ちゃんと勉強しよんか?ガハハ!」
大きなお世話だ。こちとら毎日ヒィヒィいいながら新聞配った後に勉強、そして寝て起きてまた新聞配り、という単調な毎日の繰り返し。そりゃ陰気にもなるって話だ。
「お前ら相変わらず楽しそーやのー。アホそうなツラして。」
そう、コイツらは推薦で大学に受かってのうのうとしている連中である。現役の頃だって、僕ら受験組が齷齪勉強していた間、車校に通ってウヒャウヒャ言いながら免許をとっていた奴らだ。
でも、不思議と憎らしい感情は湧いて来ない。三年間苦楽を共にしてきた仲間だからそう思えるのか、コイツらはいつだって今だって、僕の中で“愛すべき馬鹿野郎”なのだ。
マクドで飯を食って、阪神電車に乗って甲子園駅に向かう間中、昔のようにバカ話をしながらみんなの顔を見ていると、なんだか涙が出そうになったので「毎朝3時起きやけん眠たいわぁ」と欠伸をして、誤魔化した。
“大応援団”――そんな形容が似合うほど、三塁側アルプス入り口は母校を応援する人で溢れていた。
先輩・後輩・クラスメイト・教師。懐かしい面々に挨拶をしている内に、開場。真っ先にアルプスの最前列の、一番選手に近い位置に座る。広々としたグラウンドには、見慣れたユニフォームと、見慣れた顔。目が合った後輩の一人が、軽く会釈してくれた。
胸の高まりは、最高潮に膨れ上がった。
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(パラパパーパラパ パラパパーパラパ……)
ブラスバンドの演奏と声援が混じ入り、球場内に響き渡る。
(キィィン)
カン高い金属音が演奏と声援を切り裂き、一瞬静まった後、再び、一回り大きい歓声があがる。
(パラパパーパラパ パラパパーパラパ……)
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――夢のような時間、だった。
「興奮の坩堝」というのは、まさにこのことをいうのだろう。歓喜の声と、悲鳴にも似た声。全ての音と全ての感情が混ざり合い、狂乱の熱気を生み出し、その眼差し中心にいる選手達もまた、咆哮をあげていた。
ちっぽけな僕は、全身に鳥肌を立たせ、我何処。
試合は、母校が大差で勝った。夢から覚めたように現実に引き戻された僕たちは暫しの間ポカンと立ち尽くし、人混みの中に紛れ球場を後にした。
帰り際、元チームメイトの連中は僕の背中を叩きながら口々に言った。
「絶対受かれよ!受かったらみんなで呑もな!」
ありきたりな言葉だが、どんな言葉よりも僕の胸を打ち、励みになった。
その後、母校はベスト16まで進出し、敗退した。
夏の終わりと共に、僕の一つの夢が終わった。
そして、改めて圧し掛かってくる、“受験”という現実。
名残惜しい夢の余韻を断ち切った先の一歩は、意外にも軽かった。いい夢を見させてくれた後輩と高校時代の仲間のお陰だな、と感謝しつつ、僕は退屈と苦痛だらけの日常に戻っていった。傾きかけた日射しに、汗が滲んだ。
大阪の街では、この暑さがまだしばらく続くだろう。
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