いつもよりだいぶ早めの起床。昨夜は、思いの外よく眠れた。
まだ陽は昇りきっておらず、窓の外はダークブルーだった。窓に水滴がついていることが、今朝の寒さを物語っていた。
少し熱めの湯に浸かりながら、前日に買ってあった今日の朝ごはんのコンビニのおにぎりを頬張る。いよいよ今日は、国立前期試験。勝負の日だ。
風呂から上がったらすぐさま着替えて支度。受験表、筆記用具、カイロ、カロリーメイト、気付け薬がわりのリポD。準備は万端だ。
「うっし。」
僕はおもむろに、ギターを手に取った。春先に、初めてのバイトの給料で買った安物のギターだ。
勝負の日は、出かける前に一曲弾いていく。センター試験から続く“儀式”だ。
曲はマキシマム・ザ・ホルモンの『ロッキンポ殺し』。不安も何もかもブッ飛ばしてくれる僕のお気に入りの曲であり、唯一ギターで弾ける曲だ。
「やったるで。」
乾いた弦を、少し固めのピックが鳴らした。
・・・・・
センター試験では、B判定。でも決して油断は出来ない。現実の厳しさは、去年痛いくらいに味わった。本番では、何が起こるかわからない。
試験会場である大阪大学・吹田キャンパスに向かうモノレールの中、必死に自作の単語カードを穴が開くくらい見つめる。去年の僕なら、滑稽だと笑っただろう。だけど、今なら分かる。こういう必死さを笑う者こそが、後で痛い目に遭うのだ。去年一番の教訓だった。
ふと目線を上げると、僕の方を見てニヤついている制服姿の男子が、二人。去年の僕が、そこに居た。
試験会場に付いてからも、自分のコンディションをベストに保つためケアに余念がなかった。
お腹を冷やさないように、カイロをベルトに仕込む。眠気を覚ますために、リポDを一気飲みして気合を入れる。チョコレートを頬張って、脳ミソに糖分を送ってやる。食事は、お腹を下さないようにカロリーメイトのみ。これでコンディションは完璧、の、筈。
思えば、こういう無駄な知識ばっかり増えた一年間だったな、とも思った。老兵ほど生き残る為の術を熟知しているように、須らく浪人生は“いかにベストの状態で戦えるか”という事を熟知しているものだ。
試験の合間の休み時間は、ヘッドフォンで耳にフタをした。余計な情報は耳に入れたくない。自分のことだけに集中したい。精神統一、精神統一。選曲はやっぱり、マキシマム・ザ・ホルモンの曲。『ロッキンポ殺し』を試験開始直前に聴くのが、同じく僕の中での“儀式”であった。
たった一人で戦い抜くには、iPodという相棒が不可欠だ。これもまた、二年間の受験生活で身につけた知恵だった。明治の板チョコレートをかじりながら僕は一人、静かに牙を磨いていた。
・・・・・
勝負は生モノ。本番ではやはり、何が起こるかわからない。
結果から言うと、試験は散々だった。一科目めの数学の試験終了直後に計算ミスに気づき、大問まるまる一つ、棒に振った。血の気が、引いた。
切り替えよう切り替えようとしたが、やはりそういうミスは尾を引くものだ。野球部時代もそうだった。こういう性格は、本人がどう頑張ってみたって、どうにもならないものなのである。
一科目めの失敗を言い訳にするつもりはなかったが、やはり続く科目でもいくつもミスしかけた。途中で気がついたのが幸いではあったけど。
試験場からの帰り道はもう、後悔で頭がいっぱいだった。悔やんでも悔やみ切れない。定期テストや模試でも、こういうミスに対する後悔は何度もあったが、今回のは模試のソレとは比にならない。せっかく試験が終わったのに、僕の気持ちはいつまでも晴れずにいた。
数十分後、家に到着。所在無くとりあえず机に座ってみると、どっと疲れが出てそのまま机に突っ伏した。同時に、ここに来てやっと、受験からの開放感がしみじみと感じられてきた。
「終わったんか……」
正確には後期試験もあるし、寧ろ後期試験に臨まなければならない状況が濃厚ではあったが、後期は面接試験なので、たいした準備は必要なかった。とにかくも う、今この瞬間から、ついさっきまでのように鬼気迫る勉強を強いられる日々は、過ぎ去った。もう受験なんて、コリゴリだ。心からそう思った。
疲労と安堵から、僕はそのまま眠りに堕ちていった。
「明日から何しよう、大学入ったら何しよう……」
プレッシャーからの開放感と、明日から始まる新しい生活への期待とが、眠りを一層気持ちのよいものにさせた。
その日、僕は大阪大学の入学式の夢を見た。
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